「ぼく?」

 少年は首を傾げる。柔らかな白い羽毛の中に埋もれたようなその顔は、七、八才くらいのかわいい少年のものに見えるが、首を傾げる様はやっぱりヒヨコのようだったし、足なんかは完全に鳥類独特の硬く鱗状になっていて、とても着ぐるみには見えない。

「ぼくはディ。王様にあなたの世話を命じられたんだ」

「王様?」

「うん、夜の王」

「って、まさか、あの黒い翼の人さらい野郎!?」

「人さらい野郎って酷いなあ。けど、王様は大きくて真っ黒い翼をもっておられることは確かだよ。夜の闇を切り裂いて、どこまでもどこまでも飛んでいける力強き翼の持ち主」

 ふわふわヒヨコ少年は、どこかうっとりとした調子で続けた。

「そして、この魔界の支配者」

「魔界っ! いったいどこの魔界だっていうのよ?」

 さすがに驚いて声の大きくなったメディアに、少年は紅い瞳をさらに丸くした。

「魔界は、魔界だよ。ぼく、薬とってきますね」

 さっさときびすを返したヒヨコ少年の後ろ姿を見送りながら、漠然とメディアはつぶやいた。

「魔界……」

 辻褄は合うのだ。夜の王と名乗った青年も、あのヒヨコ少年もたしかに異形のものだ。『黒魔法の世』に、人間を改造して作り出されたと思しき生物のように見えた。彼らがいるとするならば、魔界だろう。

 けれど、魔界は封じられている。行き来は出来ないはずなのに。
 どうやって、魔界まで連れて来たというのだろう。
 あの青年に捕まえられたとたんに、なぜか意識を失った。

 どうやってここに来たのかどころか、ここがどこなのかすらもわからない。
 気を失う寸前、とっさに青年の黒い翼から羽根を引きちぎって、母の髪と一緒にバルコニーに落としてきた。あれに気づけば、ラムルダがなんとか探して出してくれるだろう。ここが魔界などではなければ。

 メディアはぎゅっと目を瞑った。祈りをこめるようにその名を呼んだ。
 もっとも愛しきものの名を。

(ロランツ)