けれど、それはやってこなかった。

「何、やってるのさ」

 聞き覚えのある女性の声に目を開けると、視界は紅いものに覆われていた。
 波打つ、紅い、燃えるような髪。

「ローデアさん?」

 女性が振り向く。紅い髪のなかから、細面の白い顔がのぞく。
 潤んだような艶を帯びた緑の瞳が、彼をにらむ。

「あれは、なんなのよ」

 結界のほころび目は、かき乱された水面と同じに、その向こうにあるものの形を明確にしない。ただ、ぼんやりとした輪郭は、かなり大きい。

「わかりません」

「わからない、だって」

 文句を言いかけて、彼女は視線を元に戻す。ひとときは二人の力で押し返されたそれが、再び押し出てこようとする。

「冗談じゃない」

 二人並んで、力を集中する。

「ローデアさん。どうして、ここに」

 少し余裕が出てきたヴィゼが尋ねる。

「あんたは、森の番人。あたいは封の番人だ、忘れたかい?」

 明晰な声が告げる。

「それは……」

「封の主に異常が起これば、森の結界に異常が起こったということ」

 はっとして、ヴィゼは彼女を見やった。