先代の店主が突如行方不明になって早3年。


妻も早くに亡くしていて、文字通り一人息子のバレリーが今はここの店主だ。


現在15歳ではあったが、誰も異を唱える者はなかった。


むしろ、得意先なぞあってないようなもので
誰に了解を得る必要もないのだ。



--と、不意にその朽ちかけた看板が揺れる。


頼りなさげな音と共に扉が開いた。


キキキィ--。


「ふわ~あ、いい天気だなぁ」

日はとっくに登りきっているのに
大きな欠伸と伸びをして、
バレリーはズレた眼鏡を直した。
その奥は空色をした碧眼だ。


くすんだ金髪に
これまたくすんだ緑のキャスケットを乗せて。


色とりどりの絵の具で汚れた青--だと思われるエプロンを掛けて。


本人は至って気にもとめず
そのままの格好で、ついと大通りに踏み出した。


「今日も混んでるなぁ」


久しぶりに出た外に、内心うへぇと呻きそうになる。



引きこもり人間に
この人混みはキツいんだよねぇ。


行き交う車がそこかしこで警笛を上げている。


そのたびに人々はあっちに揺れ、
こっちに揺れ、
しているのだ。


引きこもりでなくたってこんなの嫌に決まってる。


鼻の頭にシワを寄せながら
バレリーは人混みを縫うように歩いた。


いつからこんなに人が多くなったんだろ。
世界大戦が終わってからパリも景気いいからかな。


取り留めもなく
そんなことを考えていると
急に動いた人々に流される。


「わっ、ちょ、ちょっとまっ」



運悪くはじき出され、バレリーは車の前にまろびでて尻餅をついてしまった。


ビビーッと警笛が鳴らされる。



「わー! すみませんすみません!」



ついてないなぁ~恥ずかしいし……。


お尻を叩きながら立ち上がろうとすると車の窓が開いて、
思いも寄らない声がした。