その瞬間、
となりに座っていた男性が
足元に何か落とした。

目を向けると、
それは響優人の詩集だった。
 
もしかしてこの人も
今までコンサート会場に
いたのかと興味を掻きたてられた。
  
男性は物音にも動じず、
居眠りしたまま本を拾う素振りを見せない。

わたしは仕方なく、
体を折り曲げ手を伸ばした。

本を拾い男性の肩を軽く叩き、
「落としましたよ」と声をかけた。

男性はやっと気づき
「すみません。ありがとう」と
本を受け取った。
 
寝惚けているせいか
聞き取りにくい口調だった。

けれども、とてもいい声だと思った。

一瞬視線が重なった。

男性の透き通った瞳が
戸惑うわたしの姿を写した。

瞳の表面がセピアがかっている。

この人の寝惚けていない時の
表情はどうなのだろう。

一度見てみたいと思った。

少年のあどけなさを
残したまま成長した青年、

そんな印象だった。