Time is gone

 俺は素早く持ち主の、そして周りの人々の様子を窺った。
 大丈夫、豚は寝ている! みんな席を取ることに必死だ! ……誰も、見ていない。
 俺は靴の紐を直す振りをして屈み、素早く時計を拾い上げた。そのひんやりとした無機質な冷たさが、俺の心を祝福で満たした。
 きっと我が子を初めて抱いたとき、人はこんな至福に包まれるのだ。
 俺はそんな幻想すら抱いていた。そして電車が発進する轟音と共に、我に返った。
 何をしているんだ俺は! これでは窃盗だ! ……いや、違う。持ち主が目覚めたら返すんだ。そのために拾ったんだ。こんな場所に放置したら、誰に踏まれるかも分からない。そのために、拾ったんだ。
 俺は自分自身にそう言い聞かせながらも、右手を上着のポケットに忍ばせていた。