Time is gone



「……もう、この方法しかない」
 俺は心を固めるように、テーブルの上を見つめ呟いた。そこには一通の封筒が置かれていた。「退職届」そう書かれた封筒が。
 今会社を辞めたとして、面接の際に白い目で見られはしないか、世話になった会社の一大事にそそくさと逃げ出した薄情者として思われないか、逆に同情されるだろうか、俺はそんな葛藤に苛まれながら、その封筒を睨みつけていた。
 そしてついに一つの結論に達した。最近の営業成績を見ればどの会社も両手を広げて迎えてくれる、時計の力もある、という結論に。
 奇跡の時計は、退職届の隣に鎮座していた。
 そのとき、前触れもなく玄関のチャイムが鳴った。誰だろうか。新聞の勧誘だろうか。それにしては常識外の時間だ。
 訝しみながらもインターホンに出ると、そこには一人の女が立っていた。その顔はいびつに歪んでいた。白黒のモニターが、その女を幽霊のように思わせた。俺は背筋を凍らせながらもその女を観察した。 
 女の正体は、雪菜だった。
 出るべきじゃなかった……、そう後悔するには遅い。モニター越しに目が合ってしまったのだ。