家に帰った俺は、一枚の名刺を見つめていた。梨花から渡されたそれだ。夢だと分かっていても、自らの意志では抜け出せない。だからこそ、水商売とは成り立つのだろう。
連絡してみるか、否か。梨花にとって俺は数いる客の一人でしかない。分かっている。それでももう一度、あの声を聞きたかった。
俺は冷蔵庫から冷えた缶ビールを取りだし、そのまま飲み干した。そしてその勢いと共に、十一桁の数字を押した。
心臓の鼓動とコール音が重なる。そして十回目のコール音の後に聞こえてきたのは、留守番電話への接続を知らせる機械音だった。
まだ、仕事中か……。
落胆すると共に、どこかホッとしていた。電話に出たとしても、話す話題などなかった。
ホッとしたのも束の間、携帯は着信を知らせた。
俺は脳が反応する前に、通話ボタンを押していた。



