Time is gone

「待てと言っているのが聞こえないのか」
 無視したが、男は必要なまでに声を掛けて来た。俺はしょうがなく立ち止った。
「何だよオッサン、金か?」
 そう言ってポケットから財布を取り出し、五千円札を男の前にかざした。
「これやるから、とっとと失せな」
 もったいないが、口論となり警察沙汰になっては、五千円では済まなくなる。
「金などいるか」
 浮浪者の視線は、俺の右手にある五千円札ではなく、左手に注がれていた。
「それをよこせ」
「悪いねオッサン、これは親の形見なんだ。渡すわけにはいかない。これで我慢してくれ」
 そう言って、五千円札をその場に落とした。気持ち悪くて、手渡したくなどない。
 俺は踵を返し、一人歩き出した。
「お前はその時計が、どんな時計か分かっているのか」
 俺は立ち止った。
「親の形見だと言ったろ」
 俺は振り返りもせずに言い放った。