Time is gone



 普段であればすぐに時計を手にし、リューズを回し始めるところだが、その日はそうしなかった。斎藤の言葉が引っ掛かっていた。
 洗面台に向かい、わしはまじまじと自らの姿を眺めた。そして、我が目を疑った。いや、時計の能力すらも。
「……本当に、時は進んでおるのか?」 
 そこには、十年前と何一つ変わらぬ姿の己が立っていた。時を進めた十年間の記憶は断片的であっても、時を進める前の記憶は鮮明に残っていた。
「なぜじゃ、なぜわしは老いとらん! 夢を見とるのか? ならばどこからどこまでが夢なんじゃ。鏡を眺めているわしが? それとも、時計の存在さえも……」
 わしは覚束ない足取りで居間に戻り、呆けたように空を見つめた。
 いや、これは夢ではない。光彦は時計の能力を明かし、その光彦が、この時計と巡り合わせてくれたのだ。これは夢ではない。ならば、何が起こったのか、時計は時を進めると共に、老いから人を遠ざけるのか……。
 わしは答えなき答えを探し求めた。