Time is gone

「やはり食事と運動でしょうか? それとも何か、いい薬でもあるのでしょうか?」
「……いや、本当に何もしとらんよ」
 食事や運動と言われても、自分がどんなものを普段食べ、どれだけ体を動かしていたのか、その記憶はなかった。
 長寿を願う人であれば存分に気を使う点であるが、死を求めるわしからすれば、それらはどうでもいいことでしかなかった。ゆえに、記憶に残るはずもなかった。
「そうでしたか。思い当たる節がございましたら、ぜひ教えください。おい先短い命ですが、できる限り長生きしたいのは、みな同じでしょう」
 豪快な笑い声を上げる知人に対し、わしは苦笑いで答えた。
 わしは、早くあの世へ逝きたいのだ。
「うっ? もうこんな時間ですか。すっかり長居してしまいました。では来週、必ず来てくださいね」
 よっこいせ、そう言って立ち上がった知人の腰は、もはや地球の重力に抗うことができずにいた。それに対し、玄関まで見送ろうと立ち上がったわしの腰は、スッと伸びていた。健康など、一切気にかけていない、九十二歳の老体にも関わらず。