Time is gone

「その時計、素敵ですね」
 一瞬、何のことか分からなかった。だが女性店員の視線を追い、それが光彦の時計を意味していることが分かった。わしは知人の骨董品店を後にしてから今に至るまで、ずっと時計を左手に握り締めていた。幼い孫の右手を握り、川辺へと出掛けた、あの頃のように。
「孫の持っていた、時計なんです。偶然、手に入れましてな……」
 それを聞いた女性店員は、再び目を見開いた。
「では、あなたはおじい様ですか?」
 女性店員の素っ頓狂な問いに、わしは思わず笑ってしまった。
「そうじゃよ。わしはどこからどう見ても、おじいさんじゃろ?」
 久しぶりに腹の底から笑っていた。そんなことは、一体いつ以来だろうか。
「すみません、急に変なことを言って」
 女性店員は恥ずかしそうに俯き、黙々と商品を袋に詰め始めた。
「お会計は、八百五十四円になります」
 店員に千円札を渡し、釣銭を受取るとき、店員は再び妙なことを口にした。