骨箱に納まった妻を抱え自宅に戻り、葬列者もみなそれぞれの帰路に着くと、いよいよわしは一人になった。ここ数日、通夜や葬儀と慌ただしい日々が続き、多くの人々が出入りを繰り返していた家も、今は静まり返っていた。
「茶でも、飲むか……」
台所に向かうが、急須の仕舞い場所も、茶葉の仕舞い場所も分からない。戸棚を一つ一つ開き、それらを探す気力が残されているはずもなかった。わしは諦めて蛇口を捻り、その場でコップ一杯の水を飲み干した。
こんな調子で、一人で生きていけるのだろうか。 茶の一つも入れられないことに、わしは不安を募らせた。今まで、ずっと妻におんぶに抱っこだったと、改めて思い知らされた。
さっそく気が滅入りそうになる己を、わしは無理矢理鼓舞した。
「いかんいかん、年寄りはこれだからいかん! すぐに弱気になる。葬式は無事に終わったが、まだまだやることは山ほどある。すぐに四十九日もあるし、預金の整理に保険の請求、遺品の整理……。そして一人で生きていくための生活力を、身に付けなければならん」
十八、十九の若者であればいざ知らず、八十を過ぎた老人には、それは至難の業である。分かっていてもやるしかない、わしは己にそう言い聞かせた。



