Time is gone



 自宅に戻った僕は、誰もいないことを確認し、両親の寝室へと向かった。部屋の隅に置かれた化粧台の前に立ち、その上から二段目の引き出しを開いた。そしてその奥に手を突っ込んだ。目的の品、金色に輝くカードをそこから取り出すと、ズボンの右ポケットに押し込んだ。そこに迷いはなかった。あの頃のように。
 小学生の頃、よくここから小銭を頂戴した。その金を持って、友達と近所の駄菓子屋に向かった。今はもう、マンションに変わってしまったそこに。
 目的を達成した僕は自室に行き、脇と背中に薄らと汗をかいたワイシャツを脱ぎ、私服に着替え、家を出た。
 空は茜色に染まり、その自然が放つ無償の美しさに、少し心を痛めた。それは両親のものを無断で持ち出したという、罪悪感からではない。もっと別の理由で。
 感傷に浸るにはまだ早い、自らをそう叱咤し、その足を駅まで向かわせた。
 昼間は温かくとも、夕方から夜にかけてはまだまだ冷え込む。シャツの上に黒のベロアジャケットを羽織っただけの軽装を、早くも後悔していた。だが引き返すことはなかった。風邪を引いたとしても、薬を飲めば楽になる。
 駅に着いた僕は、一度だけ空を見上げ、夕日の美しさを確かめた。住み慣れた街を異国のように彩るその柔らかな光を、目に、心に焼き付け、地下鉄へと繋がる階段を下った。