リビングのドアを開けると、香ばしい香りが漂っていた。入ってすぐの台所には母が立っている。おはよう、などという挨拶をするのは何だか照れくさい、代わりに

「めちゃくちゃ眠いー」

 と口に出す。母は振り向いて、

「今、パン焼いているから」

 と言った。血色の良い肌にぱっちりと開いた瞳、眠気のかけらもない顔だ。朝に強い人、私だって昔はそうだった。中崎くんと美咲の夢を見るようになるまでは。

 母の横をすり抜けて顔を洗い、タオルでごしごしと拭く。袖をめくり上げていなかったので、少しパジャマが濡れてしまった。

 眠気まなこのまま冷蔵庫の扉を開けたら、扉の角が額を襲い、思わず声を出す。

「痛っ」

 そんな私を見て母は笑った。

 その時、近くにあるオーブンレンジがチンと鳴りパンが焼き上がったことを知らせた。

 額をさすりながらコップに麦茶を注ぐ。そうしている内に、母はパンをお皿に移し替えてくれていた。
 ガス台の上に置かれたその食パンは、厚切りで、しかも高めのやつだ。とても美味しそう。


 再び冷蔵庫を開け、バターを取り出して銀色のバターナイフで食パンに塗る。私は大のバター好きだ。食パンの上のバターはあっという間に溶けてゆく。