里美の兄に紹介されたのは、一緒に住み始めてまもなく僕を可愛がってくれていた上司が取り締まり役になったお陰で、同期で一番に係長の辞令が下りた日だった。


「いやあ、大したものだ。27歳にしてあの商社で係長とは、将来が楽しみですねぇ」


里美と10歳年が離れた兄の和樹は、僕にビールを注ぎながらそう言った。


「しかしどんなに頑張っても、定年迄に管理職の末席に平取で名前を連ねられればいい方でしょう、サラリーマンは。はっはっは」


「兄さん余計なこと言わないで。私達は平凡で満足なのよ。今回は幸運にも出世コースに乗ったけど、私は雅也が平社員でもちっとも構わないんだから」


里美はそう言ってふくれた。


「可愛いでしょこいつ。本心でそう言ってるんですよ。昔から欲というものに無関心な妹でしてね」


そんな事は僕が一番良く知っていた。精神面はもとより物質面でも。


里美は着るものもすこぶる質素だし、


(勿論粗末な格好をしているという意味では無い)


装飾品をねだったり、必要以上に身につけたりもしない女だ。


和樹は自分の恋人のように妹を褒めたたえ、僕は少しもそれが嫌では無かった。


さりげない里美の言葉はいつも、僕に自信を持たせたり、やる気を出させたりした。


僕はこの世で最高の女性を手に入れた満足感を、常に実感していた。


里美の優しさは僕のわがままを増長させたりもしたが、彼女の表情や物腰から不平の色など微塵も感じられなかった。


僕は日々の生活に素晴らしく満足していた。