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「サイン、コサイン、タンジェントー」
先生が黒板に描かれた三角形を長い棒でつついているのを見ながら、私は頬杖をつく。
数学は大の苦手。
現実逃避したい…。

ブルルルルルル。
するとグッドタイミングで膝の上に置いていたケータイが震え出す。
すぐに開いて確認してみると、やっぱり!
ちょっとにやけてきちゃう。

(hiver : 今なんの授業?)

私はタタタッと返事を打つ。

(lovefoxxx : 数学だよ。三角関数意味不明~)

「南、ケータイしまっとけー」

先生に怒鳴られてとっさに顔を上げてみたけど、誰もこっちを見てなかった。
みんな「またか」と思って見る気にもならないみたい。
私は授業中ケータイいじってて注意される常習犯だから。
目立つことを好む方じゃないから未だに注意されると嫌だけど、ついhiverくんとのメールを優先させちゃう。
私の生活はhiverくん中心に回っているのです。


「またあいつとメールしてたの?」

昼休み。
向かい合わせにくっつけた机の向こうの夏帆ちゃんが、お弁当を箸でつつきながらぶっきらぼうに尋ねた。

「うん。数学よりもhiverくんとメールしてる方がずっといいもん。きっと受験の時数学使わないし、」
「イヴェルぅ?何そのゲームのキャラみたいな名前」

夏帆ちゃんはバカにしたように鼻でクフッと笑う。
私はちょっとむっとする。

「も~前にも言ったじゃん。フランス語で゛冬゛って意味なんだって。フランス語だよ?かっこよくない?」
「とか言って実物ブサイクだったら最悪じゃん。顔知らないんでしょ?」


そう、本人の正体は未だ不明なんです。
メールし始めてもう一年近く経つのに。