ロンシャンタウンの中心部にある雑居ビル。

外観は古びたただのビルにすぎないのであるが、二階フロアの錆びついた鉄製のドアを開けると、ロンシャンタウンの別の顔が現れる。


雑居ビルに守られるようにして囲まれたそこは、ロンシャンタウンのオアシスとでも言うべきか。

ワ系の豪邸に見られるような見事な庭園が広がり、庭園の端にある大きめの池には数匹の錦鯉が悠々とその身を水に預けている。

その最奥に存在している、平屋建てでありながらまるで城のような重厚感を醸し出している建物。


そこが、龍上会のボス、龍トウキチの館である。


「万事順調か、吾妻」

赤い絨毯が敷き詰められた、ロココ調の広い部屋。

桐で誂えた重厚な造りの机に片肘を突き、初老の男が眼光鋭く目の前の男に視線を向けた。

「はい。抜かりなく」

初老の男に問われて静かに答えたのは、長身に清潔感のある短めの黒髪、黒いスーツに身を包んだメガネの男。


初老の男、龍(ロン)トウキチの若き右腕である、吾妻巽(あづまたつみ)だ。


「しかしながら、例の物は今少々時間が必要かと」

手にした黒革の手帳に眼を落して吾妻が言うと、トウキチの眉間に深い皺が寄った。


「また以前の様な事になると厄介だぞ」

声色低く吾妻を見遣るその表情は、さすが世界に名を轟かすマフィアのボスとでも言うべきか。

しかし吾妻は、そんなトウキチに臆することもなく静かに不敵な笑みを浮かべた。



「承知しております。全ては計算通りに」