「もう、匂いは消えたでしょ?」
「えっ?」
「行くところがなくても……もう誰とも寝ないから」
威千都の薄い笑顔が消え、寂しそうな縋るような心細い眼差しがじっとわたしを見つめてきた。
だから俺を受け入れて?
雨で濡れた威千都の右手が差し出される。
今、威千都を受け入れたら……きっと引き返せない。
だって……。
どんなに忘れたくても結局わたしは威千都を心から追い出すことが出来なかった。
こうして名前を呼ばれただけで、諦めしかなかった心が疼いてしまう。
全てを諦める楽な道を選ぶなら、
「……愛衣ちゃん」
この手を受け入れてしまいたいってしまったこと思った。
……例え後で苦しんだって、今はそれで良い。

