「由香里、貴方あの幽霊屋敷で倒れていたのよ?」
……幽霊屋敷。
その単語の意味は理解できるが、『「あの」幽霊屋敷』についての情報は……脳内に、存在しない。
「………」
「何か思い出せることはある?……由香里?」
「片田、無理言うなよ。先生だって言ってただろ、そのうち思い出してくるって…」
『コンコン』
私の恋人であるらしい男の言葉を遮ったノックの音。
「…どうぞ」
ノックが聞こえたらこう言うのがマナーであり、常識だと言う情報は、脳内に存在している。
「緒方さん、調子はどうですか?」
入ってきたのは白衣を着た医者。確かあたしの主治医。
「…悪くはありません。でも、記憶が戻る気配は一向にありませんが」
「…そうですか…。……済みません、えっと、申し訳ありませんが、警察が状況確認に来たので片田さんは出て頂いてかまいませんか?」
…警察?
「…はい。由香里、お大事にね」
「ありがとうございました、片田さん」
そう言うと、彼女は泣きそうな顔をして
「直実でいいよ、由香里。じゃあね」
と言って出て行った。

