『このおんな、怖いっすね、王子。ひとりで逃げちゃった方がよくない?』

 王子は怒ったように叱咤した。


「彼女はよかれと思ってしたことだ。結果がそれを示している。それに私は彼女になら、殺されようが文句はない」

 クリスチーネは野蜂のように飛び回りながら、二人を頭上から見ていた。


『あーあー、両思いかー。立ち入るスキのなさそうなお二人だねー。俺は出番無しかー』


「ん? なにか言った?」

 アレキサンドラはやけに上機嫌だった。

 だれにもわからない理由で。本当は、王子に名を呼ばれたのがやけにうれしくて。そんな場合ではなかったのだけど。

 意志薄弱の王子は何かあるとすぐにでも死の影に捕らわれてしまう。

 弱気なのだ。

 それは、ここ地獄にあって危険なことだった。