王子は疑心暗鬼にかられてぴたりと歩くのをやめてしまった。
ずぶずぶと止まれば足も沼地に沈む。慌てて足を引き抜き歩を進めようとして、前傾姿勢のまま止まったりもした。
『助けて、たすけてっ』
小さな叫びが王子には身が細くなるほど大きく、耳に届いた。
『助けて、王子様ァ』
わずかながら、この声は彼女の物ではないのではないのかとも思った。思いながら歩いていたので戸惑う。
後ろを守っていたはずのこの声の主は、本当に彼女なのか?
「な、なにものだっ! だれなんだ、この声はいったい!」
はっと、息をのむ気配がした。背後でやはり足を止める音がする。
砂地ばかりの中、ただひとつ、城の壁面に面した沼地と言う名の泥の堀をじりじりと迫ってくるのは、ただ恐怖の対象なのではないのか?