「ちょっと、やめてくださいよっ」


会長のドアップは未だ慣れない。両手でこっちに来ないように押す。


「照れるでない、照れるでない」


揉み合っているうちにメガネをまた外されてしまった。会長の顔がぼんやりとなり、見えにくくなってしまった。


「返してくださいよ!! 困りますって!」


見えないまま腕をあっちこっち伸び縮みするが、どれも空振り。会長がボクシング選手みたいに避けているのだ。
笑い声が聞こえるのでまた面白がっている。


「あっ、いたっ」


手首をガシッと掴まれる。抵抗しても放してくれない。


「放してくださいよ、もう」


「メガネがないとお前、生きていけないのか?」


「そうですよっ、視力悪いんですから」


メガネ歴は今年で5年目。右目が0.1で左目が0.01、相当悪い。最初は悪くても面倒だと思ってしていなかった。だけど、健康診断で引っ掛かり、掛けることになってしまった。


いざ掛けてみると、肩凝りも少なくなって、黒板やテレビを見るのも苦じゃなくなった。もうメガネは私の身体の一部なのである。


「メガネしないほうが可愛いって言っただろうが」


「冗談を……」


反論しようとしたら、突然身体が下に吸い寄せられる。

長い座席に押し倒されてしまった。助けを呼びたくても、安元がいる運転席から後部座席は見えないようになっていて、気づいてもらえそうにない。完全に密室状態。


「どいてください!」


「メガネあるとさ……キスしづらいんだよね~」


そうだ、私この人に無理矢理キスされたんだった! またこの野獣に襲われるっ。


最悪なファーストキスの記憶が蘇り、顔面から血の気が失せる。


「や……っ」


すると会長は耳元で何か囁くと、身体がすっと軽くなった。


その言葉が脳裏で何度も反芻する。





「何かあったら、すぐに言え」