かくれんぼ

不思議と目の前にいる蒼を怖いとは思わなかった。
「蒼は約束を守りにきてくれたんだよね。もうどこにもいかないで。わたしを側に置いて。蒼のいない世界は灰色で息苦しいよ」
わたしは蒼にすがりついた。

「それはできないよ、葵。約束を守りに来たんじゃないんだ。約束を忘れてもらいにきたんだ。」
「え」
「あの日俺は崖から落ちて即死だった。でも葵を守れてよかった。ほんとによかったと思っていたのになぜかまだこっちの世界にいたんだ。」
「それはこの約束があったからだよ。葵はあの日から魂が抜けてしまったようだった。ショックで忘れていたみたいだけど心の奥底の暗闇は消えずに君の身体を蝕んだ」
「葵がまた昔みたいに笑って過ごすには荒療治だけどこのことを乗り越えないといけないと思ったんだ。だからわざと思い出させた。辛い思いさせてごめん・・・」
蒼は一層強くわたしを抱きしめた。
「蒼は悪くないよ、わたしの幸せは蒼と一緒にいることだよ。だからわたしと永遠を誓ってよ。わたしも連れてってよ。」
「葵、俺はあの日葵に生きてほしくてああしたんだよ。そんな悲しいことを言わないでよ。葵にはまだ未来があるんだ、だから俺についてきちゃいけない。俺を乗り越えるんだ」
「蒼っ蒼ー」
わたしは必死に蒼にしがみついた。蒼の抱きしめる力が段々弱くなって別れのときがきたと悟ったからだ。
「葵、俺は死ぬまで君を愛し続けた。葵も俺が死ぬまで愛してくれた。それはとても幸せなことだ。でも過去はときに人を前に進めなくする。だから俺との思い出を乗り越えて、葵の幸せを見つけて。」
「うん」
蒼の幸せはわたしの幸せ。そしてわたしの幸せは蒼の幸せ。大事なことをわたしは忘れていた。いつまでも悲しみに捕われていては蒼も悲しみに捕われてしまう。
「そうだ」蒼はまた目をなくして笑う。「これお守りがわりに」
と言って渡されたのはあの日この場所で受け取るはずだったビーズの指輪。
「やっぱり俺も神様ほど出来てないから忘れないでほしい」とわたしの大好きな、否、大好きだった照れ笑いをした。