「友樹さんから、聞いた?」
「えっ……」
 廉君の口から、兄の名前が出たことに驚いた。私の気持ちを察したのか、彼は優しく微笑む。
「夏稀が自分のお兄さんの話した時に、何となく気付いた。友樹さんに妹居るってことは知ってたんだけど、まさか、夏稀が妹だったなんて、な……」
 引いた? と、彼は私に問い掛けた。とても自嘲的な笑みを浮かべて。私は思い切り、首を左右に何度も振った。
「そんな訳、ない……っ!」
 本当に好きだったの。名前も顔も知らない、“貴方”が。あの歌が、そんな貴方に私が恋をするきっかけになった。
 あの歌の様に、あんな素敵な恋がしたいと。あんな歌を作れる人と、恋をしたいと。あの時、私は本当にそう思ったんだよ。
 目の前に居る、廉君の瞳を見詰めた。黒く澄んだ瞳。私の心を捕らえて、離さない。


「廉君――大好き、だよ………」


 嗚呼、また視界が霞む。廉君の綺麗な顔が歪んで映る。
 そんな私の涙を、廉君はそっと拭った。そんなに優しくしないで。涙が溢れて、止まらなくなるよ。
「……泣くなよ。笑って……?」
 優しい声。甘くて、蕩けてしまいそうな。ずっと、この声で名前を呼んで欲しかった。ずっと、この声で愛の言葉を囁いて欲しかったの。


「夏稀―――俺もずっと、好きだった」


 夏風が頬を切る。その風が廉君と私の髪を揺らすから、頬を掠めてくすぐったい。
 重ねた唇は握った手の平よりも、熱を持っていた。キスをしたら、貴方はまた、私に愛を紡いでくれるの。
 その優しい甘い声で、遠回しなラヴソングと共に。




Fin.