はあ、とため息を一つ。

ひと気のない廊下にその声はやけに大きく響く。

ふと背中にぬくもりを感じて振り返ると、柔らかな午後の日差しが窓からこぼれている。

あたしの上履きには3月の陽だまりが落ちて、ほのかに足先を暖めていた。


もう春なんだなあ。


卒業式も終わって学校は一学年分ごっそり人が減り、いつもと違う非日常な空間になっている。

進路の相談に訪れる卒業したばかりの3年生、先輩になる準備に忙しい1年生、そしてまもなく受験生という悲しい身分になるあたしたち2年生。

学年の区分があいまいになり、ワクワクしながら、不安を感じながらそれぞれに執行猶予のような時間を過ごしていた。


そしてあたしも執行を、ではなく2年生最後の2者面談をこうして廊下に立ちながら待っている。

さっき教室の中でガタガタッと椅子を引く音がしたから、もうすぐ前の子は出てくるだろう。

と、教室のドアが大きく開かれた。


「ありがとうございました~」

「じゃあな。どっちにするか、よく考えてみろよ」


ぺこっと頭を下げた女の子にヒラヒラと手を振りながら、教室の入り口に立った健にぃはあたしを横目で見てニカッと歯を見せた。


こわっ!


「今日は最後が宮崎か~、悪いが全力でいくぜっ」


・・・なにをですか。



ただ、進路相談そのものについてはそれほど悩むことはなかった。

あたしの志望校はもうはっきり決まっていたし、あとは目標に向かって突き進むのみだ。


「D大は今のお前の成績だと不可能じゃないが、かなり頑張らないと行けないレベルだぞ」

あたしはゆっくりうなずいた。

偏差値を見れば一目瞭然。

正直ちょっと厳しい状況だ。


「頑張ります。その大学は実践しながら勉強することもできるし、資格対策の講座も充実してるから、絶対行きたいんで」


健にぃは手元の資料に何かを書き込みながら、

「覚悟があるなら、さっそく春休みからみっちり補習や宿題でサポートさせてもらう。大丈夫か?」

落とし穴を仕掛けた子どもみたいにある種の期待をこめた目であたしを見た。


「もちろんです。ありがとうございます。」


落とし穴を飛び越えるようにすっぱりそう言ってのけたあたしの言葉に健にぃは眉毛を上げた。


「なら良し。ていうか何かキャラが変わってないか?宮崎。」

「・・・なんの話ですか」



春だからですよ。



本当はそう言いたかった。

あたしの心の中に芽生えた小さなつぼみ。

それをこれから大事に育てたい、そう思いはじめたんです、って。