「なんでそうなるんだよ」
不満そうに波多野は紫煙を吐いた。
…邪魔だなあ。
あたしはヤツからぱっと煙草を奪って、灰皿に押し付けた。
「お詫びよ。あたしに喧嘩売った罰」
「だから売ってねえよ」
そんな抗議を聞き入れずに、波多野に迫る。
茶色いレトロなソファに手をつけた。
「波多野、キス…」
してよ。
その言葉と同時に、部屋のドアが開いた。
ぎょっとしたあたしは勢いよく振り返る。
「ああ、リカちゃんに波多野くんか」
手にどっさりと資料を抱えたムラノさんは、よいしょと机にそれらを置いた。
さすがにこの体制はまずい。
だって今のあたしは完全に波多野を襲おうとしてる。
渋々、あたしはソファを降りて自分のブーツに足を通した。
「ふたりは仲良いよね」
くすくすと笑われた。
ムラノさんは、波多野の研究室のメンバーのひとりだ。
唯一、メンバーのなかで女性。
確か二つ年上だったと思う。
頭がよくて、かわいいひとだ。
もちろん、大学でも人気がある。
ていうか、この人背小さいな。
「そうでもないですよ」
波多野がさらっととんでもないことを言った。
コイツ、本当にバカなんじゃないだろうか。
これだけ自分を求めている人間を、「そうでもない」で片付けるなんて。
あたしはムラノさんにばれないように波多野を睨む。
するとムラノさんは、ケラケラと笑いだした。
「そうなの、波多野くん」
「ええ」
「そう…じゃあ、この間の話を彼女にしてもいいわよね?」