バレエもピアノも、彼女の全身から溢れようとする情熱のもって行き場として、限りなく良い策だった。彼女の言うことには、自分は試験を受けさえすれば、宝塚に入れた、ということである。
 そんなに自信があるなら受けたらいい。単純にそう思った私に、「年齢制限」はちょっと不思議な気がしたものである。
 なにせ、母は天才なのだから。そんなもの、取っ払えと命じられれば私がする。
「うん、でも途中であんたが産まれちゃったからね」
 ……いよいよ立場がなくなってきた。産まれてきてしまった私にどう、わびろというのか。寂しい気持ちがほどけないのはこういうときだ。いっそ、自分の存在意義について、母がどう思うのか、そのまま聞いてみたい。
「後悔はしてないわよ?」
 ……私は母が天才であることを嫌っていたが、こんな一言で泣きそうになるくらい、彼女のことが好きだった。
「邪魔だ」といって御実家に子供と妻を置き去りにして偉くなった方もいる。(実家は壊滅したけど)
 父が初めて買い与えてくれたハードカバーの漫画(偉人伝的作品)に、まるで自分ではなにも持たずに生きているように見えたひとが大きな苦しみの中から、目覚めた者となる、という顛末があった。
 が、最後の二、三冊が抜けていて、続きが読みたくなったら、自分で買うんだよと父が小遣い銭をくれた。とても本を買うには足りなかったので、貯金を始めた。
 それがなんだか、後になって彼が言うには、
「あのときは、おまえがちゃんとお金の価値を知っていると思ってな。ちりも積もれば山となるって自分で言ったの、覚えてるか?」
 アノトキ、てっきり母さんが教えたのかと思ったよ。と言ってくれた。それだけは素直にうれしかった。
 
 

 お説教でうれしかったことが、もう一つある。保育園に預かってもらっていた時までさかのぼる。
 私は運動全般が苦手で、かけっこは毎回ビリ。マラソンみたいな競技なんかは、必ずこけて泣き出すことになるのだったが、あるときふと、保育園のフェンスのそばに、たんぽぽが咲いているのに気がついた。