「本当なら、今の状態が正しい」

「え?」

きっと、過去の出来事を思いかえっているのだろう。

過去では、美咲が床に伏せていたからな。

「私は、丞も、お前も好きだ」

「吟さんは、私の小さい頃に色々とよくしてくれた。だから、私も大好きだよ」

「そうか」

「そう、だよ」

美咲の涙が自然とこぼれた。

美咲は悲しさのあまり、言葉が出ないらしい。

自分の痛みよりも、他人の痛みを優先する性格は変わらない。

「耳を貸せ」

美咲は吟の口元に耳をやる。

「うん、解った」

何かを納得したものの、我慢できずに部屋を出て行く。

クルトも、前へと出てくる。

「オラはお前とは付き合いは短いが、お前は今まで出会った中で一番すげえ奴だ」

「そうか」

「オラ、お前みたいな奴の事は絶対に忘れないぞ」

「女に覚えていてもらっても嬉しくないが、お前なら、いい」

「ふん」

威勢よく鼻を鳴らして、部屋を出て行った。

「ワラワが子供の頃から、そなたは変わらぬ姿じゃったな」

龍姫は愛しむような目で吟を見下ろしている。

「お前の父親と、同じくらいの年齢である事には変わりはない」

「そなたもまた、原初に近き者じゃったな」

「だからといって、私には大した事は出来ない。原初に近き者の中でも、弱い部類だった」

「お前と出会った時の事は、今でも忘れぬ」