階段を下りて、キッチンに居る母に、「行ってきます」を告げる。母からは、「迷惑かけないようにねー」という返事。
それを聞いた尚夏が、ムッとした顔で、

「お母さん! やり直し!」

そう言われたお母さんは、苦笑しながら、

「行ってらっしゃい」

と言った。……まあ、妥当な反抗だろう。

靴を履いて、扉を開ける。それと共に、二人からでた言葉。

「「暑ッ」」

一度扉を閉めて、室外よりは幾分か涼しい玄関で、行くか行かないか迷う。いや、約束したんだから、行かないといけないけども。

「尚夏、やる気が削げた。どうしよう」

「どうしようって、行くしかないじゃん……やだけど、移動」

渋る尚夏。せめて、尚夏だけは行かせないと。
私は、にやりと意地悪い笑みを浮かばせて、尚夏に言った。

「ねえ、尚夏。いいの? キヨに会えないよ?」

「ミツ、何してんの、早く行こう!」

変わり身の早い姉である。
私は、重い右手で、ドアノブへと手をかける。

「……尚夏、どうしよう、手が動かない」

そう訴えると、尚夏は無言で、私の右手に己の右手を重ね、力を込めてノブを回した。

「ほら、行こ」

「あっちー! やだよー! 家で涼みたいってー!」

「幼稚園児みたいな文句言わないで、さあさあ早く」

背中を押されて、私は渋々足を踏み出した。
尚夏もそれに続いて、歩き出す。

隣にある、二階建ての家の前で止まって、無言のままお互い目を合わせた。
これは、「どっちがチャイム押す?」という問いかけである。

「ミツがどうぞ」

尚夏が、にっこり笑いながら言う。

「いやー、私ノリ気じゃないし、無理矢理連れてこられたんだし、あんたがどうぞ」

私も、にっこり笑いながら言う。
お互い一歩も譲らず、目を合わせていると、

「……何してんの?」

と、玄関が開いた。