「冷たい…。」
返事はない。聞こえるのは、滝の音だけ。私は、家を離れ、丸一日かけて聖域であるこの山へ入った。この山に入って気付いたことがある。それは、全くもって生き物が居ないということだ。だから、不気味なほど静かで何もない。唯一あるモノといえば、小さな滝壺くらいである。そこを流れる水はとても冷たくて気持ちいい。余計なものが洗い流され、清められていく。
「明日、か。」
書物には、生贄は代々御影の女がなると記してあった。私の前は、曾祖母の妹で、確か、名を雅といったか。
「蜜柑は、大丈夫だろうか…。」
あの子は、まだ幼い。当主として生ていくにはまだ早い。いや、大丈夫だ。清太郎や大姥様に頼んできたんだ。きっと助けてくれるさ。もう日も沈む。太陽が沈んでしまえば、何も見えなくなる。そろそろ眠ろう。