生まれて初めて人を乗せた。私はイブのサドルの上に乗り、私の背中に生まれたばかりの女の子を乗せ、走った。イブがすぐ後ろをついてくる。風が三人を包む。
「風さん、ありがとう」
「バァ」と背中の女の子が小さく叫んだ。
 この子の名前を考えながら走った。イブの好きな色を名前にしよう。イブに好きな色を聞いたら赤という答えが返ってきた。この子の名前は、赤。赤ちゃん。いいね! 女の子らしい可愛い名前だ。イブも「最高だね!」と言って気に入ってくれた。
 ポケットに手を入れると偽千円札があった。
「オヤジさん、ありがとう」
「バァ」
「君がオヤジさん?」
「バァ!」
「君は赤ちゃんだよ。さっき決まったんだ」
「バァバァ!」
 ハハッ、と私は笑った。声を出して笑ったのは何年ぶりだろう。今度は意識して笑ってみた。
 ハハハッ。
 後ろにいるイブも笑った。
 ハハハッ。
 笑いながら走った。
 ハッハッハッ。
 お互いに笑っていると釣られて段々と大きな笑いになっていく。
 アハハハハ。
 バァ!
 自転車を降りて三人で笑い転げた。笑いすぎて涙が出てきた。人の気配がして見上げると、オヤジがいた。オヤジも笑っていた。
「おまえはまーた泣いているのか」
「うん、幸せなんだ。こんな涙は生まれて初めて」
「そうか」
「あ、そうだ、実は一年前にこの自転車を買った時に払った千円札は偽者だったんです。ごめんなさい」
「もういいんじゃよ。そのかわり頼みがある。これを言いたくてあんたの家にお邪魔したんじゃよ。ワシはもう自転車屋を引退することにしたんじゃが、君に二代目の自転車屋になってほしいんじゃ」
「え・・・・・・。私は翼が付いた自転車に乗れないし、チェーンという物も知らない素人だし、泣き虫だし、お金も偽者しか作れない男ですよ」
「いや、お前は立派な自転車乗りだ、その証拠に」と言いながらオヤジは隣に置いてある私の自転車のサドルをバチバチと叩いた。バチバチ、バチバチ、バチバチ。そして最後に力いっぱい叩いた。バッチーン! バァ!!
 その瞬間、自転車のサドルのちょっと下にある鉄の棒の部分に小さな羽根が生えた。
「後はお前さんが自分で育てていくんじゃ」