結局イブは帰ってしまった。立ちコギで。
 私は冷静になって考えた。
 これは三輪車か?
 いや、違う! これは自転車だ。補助輪を付けたとしても補助輪が付いている自転車だ。決して三輪車ではない。私は間違っていた。
 間違えてしまいました、という私の呟きを聞いてオヤジは小さく頷いた。そして補助輪を付ける準備を始めた。
「それに気付けて尚且つ受け入れるということは自転車の才能がある証じゃ。自信を持て」
 オヤジはその言葉を言い終わったと同時に補助輪を付ける作業は終わっていた。

 補助輪付自転車に乗ってみた。難なく乗れた。走る時とは違った風が私を打つ。
「こんにちは」
 その声に風は応えてくれる。夢中になり瞬きを忘れた瞳が渇いて涙が流れる。
 オヤジが翼付の自転車に乗って追いついてきた。そして走りながら私の自転車の補助輪を外してくれた。すごい技術だ。
 もう泣くのはやめろ、と笑いながらオヤジは去っていった。
 私は夢中で走った。ギコギコギコ、風、ギコギコギーコ、風、ギコギコギコ。時間を忘れて走った。東京ドーム三個分の庭が役に立ったのは初めてだ。景色に飽きて庭から飛び出し、涙を飛ばしながら走った。
 丸一日、夢中で走った。走り出してから二十五時間目に突入した矢先、ギコン! という音が鳴りペダルがカラカラといって、漕いでも重みが伝わってこなくなった。夢の中で空を必死で飛ぼうと足をバタバタしている時のような感覚。段々とスピードが落ち、自転車ごと右側に倒れてそのまま眠った。