あれから一年が経っていた。私は相変らず趣味の偽造千円札作りに没頭していると、突然ピンポーンと来客を知らせるチャイムが鳴った。三十一年間で一度も鳴ったことがないそのチャイムが鳴った、しかも連続で三回も。私は焦ってしまって、玄関に向かう途中の床に落ちていた出来上がったばかりの偽千円札に足を滑らせて壁に頭を強か打った。
 頭の痛さに涙を流しつつ、扉を開いた。
「また泣いているのかね。君はいつも泣いているんじゃな」
 自転車屋のオヤジだ。
「ここまで何分で着きました?」私はあの悪夢を思い出していた。
「自転車で十五分じゃ」
「その自転車を売ってください」
「だめじゃ。この翼付の自転車はワシしか乗れんのじゃ」
「わかりました」
 私は扉をバタンと閉めた。だったらこのオヤジには用はない。
 暫くするとまたチャイムが鳴った。今度は五回連続。人生で二回目(計八回!)のピンポーンに、また焦ってしまったが今度は偽千円札に足を滑らせることはなかった。同じ失敗は絶対にしない。幼い頃から皆にアホと言われ続けてきたが、これで私がアホではないことが証明された、と微笑んだと同時に床に置いてあったCDケースを豪快に踏んづけてしまった。バキバキッという音に私は微かな感動を覚えた。ケースを開けてみると中に入っているCD本体まで真っ二つに割れていて、私はいよいよ感動して涙を流した。
「泣いてばかりいて情けない男じゃな」
 勝手に扉を開けて入ってきたのか、オヤジは私の隣にいた。

「私は三十一年の人生の中で泣いたのは三回だけです。そのうち一回目は自転車のサドルを上げ下げした時、二回目は偽千円札に足を滑らせて頭を打った時、三回目はCDケースを踏んづけてその中身まで見事に割れていたのを発見した時。それだけです」
「ホッホッホッ」
「信じてないですね。何故ですか」
「ワシはすべてを信じている」
「ありがとう」
 この時何故かすべてから救われたような気がして、それは仕事もせず偽者のお金を毎日作っていることや、家族が次々と亡くなってしまって一番情けない私だけが生き残ってしまっていることや、本当は泣き虫で貧弱な人間であること。オヤジのキラキラした目はそれらすべてを無条件で呑み込んでくれるような、そんな気がして自分が恥かしくなった。そして私は、ある告白をする決心をした。