私は生まれて三十年になるがこれまでの人生で乗り物に乗ったことがない。己の二本の足だけが移動手段。自転車も、三輪車も、車も、バイクも、電車も、モノレールも、飛行機も、船も、スケボーも、ローラースケートも、観覧車も、ジェットコースターも、一度も乗ったことがない。人の上には何度か乗ったことがある。母の上、妹の上、そして従姉の上。悲しいことにすでに全員が亡くなってしまっている。一応言っておくが、これはイヤラシイ意味ではない。私には欲望というものが欠落しているのだ。

 使う予定など無いのに今日も私は趣味である紙幣作りに没頭していて、丸一日かけて出来上がった偽千円札をうっとりと眺めながら、毎日紙幣作りばかりしていても飽きるなァ、とそんなことを考えていた。いつの間にか、今は亡き従姉の上に乗った時のことを思い浮かべていた。私は無性に何かに乗りたくなり、家から走って一時間の場所に丁度一年前の今日、自転車屋がオープンしたのを思い出し、出来たてホヤホヤの偽千円札を握り締めて自転車屋に向かって走った。全力疾走。予想に反して五十分で自転車屋に着いた。
「ハァハァ、一周年おめでとうございます」
「ありがとう」
「これで自転車が買えますか? ハァハァ」