「遼太、俺は…」
「―もう、俺行きますから」
望月の言葉を消すかのように
言った俺は
そのまま保健室を出て行く
その瞬間、望月の顔がチラリと見えて
去年のあの時のように
辛そうな表情で俺を見ていた
―どうして上手く言えないんだよ
ハッキリと
尚輝さんがまだ好きですって
言えばよかったのに―
廊下を歩きながら
クラスの教室に向かう俺
傷の痛みさえ忘れるほど
自分が言った事をひたすら後悔していた
人気が少なくなった校舎の階段を昇る時
一瞬フワッと、甘い香りがした
「?」
周りには誰もいないのに
すぐ近くから匂ってくる
しかもその香りは
あの香水の香り…
俺は足を止めて、その香りの元を辿ってみると
制服のブレザーに移り香として
残っていたんだ
―きっと抱きしめられた時だ
たった数分の出来事だったのに
こんなにも簡単に移るなんて…
昔は体に染み込めばいいのにとまで、思い願ったはずなのに
あの時だけは
その香りがとても苦しかった
