夫の勇次は、空が白んでも帰って来る気配が無く、恵美子はリビングでひとり身体を縮ませ、ソファーに寝転んでいた。

お宅の旦那さん、浮気してますよ。ほらこないだ接待でウチのひとと使ったキャバクラ、あそこにいる女の子と一緒にホテルへ入るの、係長の奥さんが偶然見ちゃったんですって。

やっぱり、素敵なご主人だもの外に出れば奥さんだけじゃない、他の若い女が近付いて来ても無理ないわよねぇ。

全てがつつぬけな社宅に越して、もう8年になる。

恵美子はかつて、自分だけを情熱的に見詰めてくれていた勇次が段々と離れていく事に、少なからず予測はついていたのだ。

だが、甘えていた。

自分は女なんだから、優しくされて当たり前、美人なんだから尽くされるのは当たり前。

そう信じ込み、疑わずに何でもしてくれる勇次で妥協し、籍を入れたのだ。

関係は変わっても、自分は美人だしあんなに尽くされる側なのだから、扱いは変わらないだろうと甘えたまま、怠けていた自分を責める気にはなれなかった。

恵美子には自信があった。
社宅に越して、一番若くて綺麗だと、奥さん達の悔しそうな視線を受けて悦に入っていたからだ。

周りを見ても、殆どが横幅を立派にさせたオバサンだらけである。

油断したんだ、と彼女はクッションを床に叩きつけ、会った事もない女を呪った。

私が悪いんじゃない、私は勇次に愛されて一緒になった女なんだ、金目当てな泥棒とは訳が違う。

目を覚まして、私を見て。
私だけに尽くして私だけにプレゼントして私だけに全てを与えて。

勇次は『一緒に居てくれるだけで幸せ』、とプロポーズの時に恵美子へ囁いてくれた。

それは、きっと変わらないし変わってはいけないと彼女は頑として曲げようとしなかった。

携帯には何回も電話したし、送ったメールは100通を越えた。

馬鹿げている、と恵美子自身も思っていたけれど勇次が帰って来ないのが悪いのだから、自分が歯車を壊していく事は勇次が帰って来れば、全てが済むと、許してやろうと決めていたのに。

帰って来ない朝を迎えて、もう5日過ぎている。