キミが刀を紅くした


「中村にも選ぶ権利はある」



 土方さんは自嘲気味に言う。



「それに新撰組の副長と言った所で手の届く範囲は限られてる。寧ろそれを利用される方が多いだろうな。それなら吉原の方が百倍ましだと思うぜ。島原は京とは別の扱いだから」



 土方さんも瀬川の兄さんも俺も、何となく無意識に椿の姉さんを見ていた。だが彼女は静かに首を振る。しかも至極、切な気に。

 それが何を意味しているかなんて言わなくても分かる。餓鬼の俺だって分かるんだからあの二人には痛いほど分かっているはずだ。



「中村殿、もしや丑松殿を」


「浅はかな夢ですよ。丑松さんがいらっしゃるからと、昔は紅椿を良しとしましたが。あの人を知る度に私には手の届かない方なのだと思い知らされる。あの人には守る女性が沢山いますから。増えて手を煩わせる訳にはいきません」



 痛い程切ない声。

 吉原の旦那が今の言葉を聞いたならば、すぐにでも抱き締めそうだ。あの人も割りと椿の姉さんを好いている様に見えるから。だがそれがどこに値するのかは分からない。母親を見る様な感情か、それともただ女性を見ているのか。俺には、それは知れない。



「暗いお話を。すいません」


「いえ、そんな」


「馬鹿らしいと思わねぇか。紅椿」



 土方さんは言う。

 俺は耐え切れずに玄関の方へ歩いた。今までの話を聞いていて俺はなんて無力な餓鬼なんだろうと思った。だけど土方さんだってなんて馬鹿な男なんだろうと、思った。



「馬鹿らしいなら壊しましょうよ」


「成る程、お前も瀬川の策略に乗った口だな総司」



 土方さんは驚いた様子もなく俺を見た。しかも笑った。俺から言うのは失敗だっただろうかと思った矢先、瀬川の兄さんが口を開いた。



「土方さんもどうですか?」


「茶に誘う様な言い方をするな」


「重苦しく言うのもどうかと思いますけどねこんな話。何も無計画に反旗を翻す訳じゃないんですよ。だから今すぐにとは言いませんし、考えてもらえませんか」


「俺に幕府を裏切れと?」


「そうですね」


「中村もそっち側か?」


「はい。瀬川さんのご意見に賛成です」


「なら自棄を起こして反抗してる訳じゃなさそうだな。時間をくれ瀬川。答えは必ず出す。それから総司」


「え、あ、はい」


「近藤さんが心配してる。そろそろ帰れ」


「……はい」



 土方さんは何事もなかったかの様に、花簪を出ていった。俺はその後ろ姿を眺めながら何となく、やっぱり紅椿は壊すべきものなんだろうなあと実感していた。