キミが刀を紅くした


 起きては眠った。眠っては起きた。それを繰り返して何回目だったか知らないが、ある時ふと、家の戸を誰かが開けた。

 俺は寝るのにも飽きていたから起き上がって訪問者の顔を見る。なんて言っても俺を訪ねてくる人なんて数は知れているのだが。



「村崎か」


「大丈夫か?」


「お前がな。何か用事か」



 村崎は背中に隠していた盆をそっと取り出した。握り飯が三つ乗っている。彼はそれを台の上に置いた。村崎はそれを一つ手に取り、自らの口に頬張った。動物みたいだ。



「美味い?」



 村崎は満面の笑みで頷き、盆ごと俺に飯を差し出してきた。俺はその一つを手にすると村崎みたいに頬張る。塩味が絶妙だ。泣いた時の味と同じ。俺は苦笑いをして飲み込んだ。

 美味い。



「父さんが大和屋の身元を引き受ける事になった。だからお前はその、大丈夫だから」



 村崎は思い立ったようにそう呟くと、握り飯をもう一つ俺に差し出す。俺は首を振った。飯はまだ喉につっかえたままだ。



「それ大丈夫じゃねぇだろ」


「どうして?」


「俺はお前とは違うからだ」


「どういう意味だ?」


「お前に言っても分かんねぇよ。村雨さんは家にいるのか?」


「父さん? いるよ。母さんもいるけど」


「分かった。じゃあ俺はお前ん家に行ってくるからその間、その飯食っとけ。俺が帰るまでこの家から出んなよ。絶対だ」


「なんで?」


「お前には聞かれたくない話をしてくる。俺の尊厳に関わる問題だから、お前はここにいろ。良いって言うまでくんな。分かったな」


「分かった」


「お前素直だな」


「大和屋がひねくれてるだけだ」


「言うじゃねぇか」


「言うよ。俺は大和屋の友人だから」


「温いこと言うな」


「あ、温いんだ。じゃあ言い方変えようかな。ところで友人の最上級って何て言うの?」


「そういう温いじゃねぇよ。馬鹿か」



 俺はそう言い捨てて家を出た。口元が少しだけ緩んでいる事に気付いてそれを正すと、深呼吸をしてから瀬川家の戸を叩く。すぐに女の人の声が聞こえて来たので、俺は背筋を伸ばしてからゆっくりと戸を引いた。

 村崎の母さんは美人だった。



「あら、宗柄くん」


「俺の身元を引き受けていただけると、村崎くんから聞いて、来たんですが」


「村崎ったらもう言ったのね。そうなの。それについてちゃんとご挨拶しなきゃいけないわね。上がって。村雨も中にいるから」



 俺は一礼をしてから家に上がった。

 奥で俺を待ち構えていたのは見るからに厳格そうな一人の男。瀬川村雨だった。