キミが刀を紅くした


 それから私は旅館を掃除しながら絹松さんたちに様々な事を教えてもらった。化粧のやり方も身の振り方も様々な事を学んだ。

 旅館が旅館として機能し始めたのはずいぶん後の事になるけれど、その時には私も絹松さんたちに負けないくらい良い女になったと胸を張れるまでに成長した。そして。

 ――。



「椿」


「今開けますね、待ってて下さい」



 私が女性と呼ばれる様になった頃の話。

 昔から休みの日や通りがかりの度に足繁く通ってくれるようになっていた半助さんが、今日も私の旅館、花簪に現れた。



「こんにちは。どうぞ」


「うん」


「今日はお休みの日ですか?」



 半助さんは首を振り、玄関に腰を下ろす。私は常になってしまった癖で彼にお茶を入れて差し出した。半助さんは一口それを飲み込んでゆっくりと息を吐いた。



「――明日、ある男が泊まりに来る」


「お客様ですか?」


「客と言うより」



 はあ、と彼は大きなため息を吐いた。歳は未だに知らないけれど見た感じ私より年下の彼がため息をつくさまは、何だか大人びて見えて仕方ない。丑松さんとは違う人だ。



「あれは――何を考えてるか分からない。椿が嫌なら嫌と言え。逃げたければ俺がいつでも逃がすから。これは主にだって邪魔をさせない」


「何故、私が嫌と言うのですか?」


「あいつは主を言いくるめた。それで、まあ詳しくは俺の口からはあまり言えないが、これから世の中は荒れていく。その中に椿は入りたいか?」


「入らなければいけないのであれば」



 昔の私は嫌だといっただろうか。ふとそんな事を考える。半助さんは私を見て眉を下げた。弟みたいなこの人は何故か、いつだって私を守りたいのだろう。それが伝わってきてなんだか妙にくすぐったくなった。



「半助さん。私は逃げたりしません。あなたが徳川さまを裏切るような事は言ってはいけません。それが半助さんの道でしょう?」


「主を裏切るのは俺の勝手だ。俺の道は俺が決めた道であって、主に仕えることじゃない。俺はやりたいようにする」


「そうでしたか。失礼しました」


「なあ椿」


「なんですか?」


「俺はお前を慕う」


「光栄です」


「――あの、島原の男とは違う。俺は椿を裏切ったりしない。お前は守ってやる」


「島原のって、丑松さんの事ですか?」


「そうだ」


「彼が私を裏切ると?」


「かも、知れないと言っているだけだ」


「丑松さんも半助さんも私に良くして下さってとても感謝してますから、裏切りくらいなんて事はありませんよ」


「お前は変な女だな」



 半助さんは立ち上がり戸に手をかけた。



「あ、半助さん。お待ちください」


「なんだ」


「よろしければ――お時間あれば、明日もこちらに寄っていただけませんか?」


「分かった。必ず」


「それと、ご存じなら例の御方のお名前を教えていただけますか? おもてなしの準備をさせていただきたいので」


「あの男はもてなさなくていい」


「そうはいきませんよ」



 半助さんはため息を吐いて言い捨てた。



「――大和屋だ。大和屋宗柄」