それはまた、吉原を怒らせるには十分すぎる理由だな。もしかすると村崎もそれに怒っているのかもしれない――となると島原か。



「嫌な仕事を命じたもんだな、あの人も。しかも失敗する事を想定してる様な人選じゃねぇか」


「……と言う事は今回の命令、お前は関与していないのか?」


「当たり前だろ。身内殺しなんて趣味じゃねぇ。するならまだ弱い奴の身内を狙うってもんだろ。吉原相手なんて――面倒だ」



 俺がそう言うと土方はため息混じりに首を振り、頭を抱えた。土方にしたら俺が命じていた方が面倒ではなかったらしいな。

 それはそうか。鍛治屋と一国の主では天と地の差ってものだ。



「大和屋――変な事を聞くが、お前紅椿の件は慶喜様とちゃんと連絡を取ってるんだろうな?」


「どういう意味だ」


「慶喜様から来る紅椿の依頼、最近は俺たちを試す様な形になっている気がしてな。吉原も言ってたが、それが気になっていた」


「依頼に関しては昔も今も徳川に仇を成す者、としか条件は付けていないからな。慶喜殿がご乱心したらどうなるかは知れねぇ」


「要は慶喜様次第って訳か」


「国を率いる男だぜ、乱心なんてしたら紅椿の前に国が傾く」


「じゃあ今は乱心していないと言うのか。俺たちをわざと試している事になるが――相違ないのか」


「知らねぇよ」



 俺は上体で勢いを付けて立ち上がり伸びをすると、溜め息と共に扉へ向かった。土方は黙ってそれについてくる――これが沖田との違い、と言うものだろうか。

 沖田が消えた、か。



「お前は島原に行って絹松に会って来い。事情を話せば華宮に取り合ってくれるだろうよ」


「大和屋、お前はどうする」


「俺は先に行く所がある。華宮には、後で必ず行くと伝えてくれ」


「慶喜様の屋敷か。追い返されるぞ。服部が邪魔をするからな」


「邪魔なんかさせるか」



 俺は立て掛けておいた刀を引ったくって徳川の屋敷へ向かった。土方は何も言わずに俺とは道を違えていく。彼の足音は声と共にいつの間にか消えていた。