「退け瀬川、斬るぞ」



 言葉と共に降って来た刀を、俺は避けられなかった。だがそれは俺に被さっていた彼女が受ける。再び飛び散る血を見ながら、俺は刀を降ろした人を確かめた。

 ――やはり。



「土方さん」



 彼は舌打ちをして甘味屋へ戻って行く。俺は死んでしまった娘さんをそっと地に置き、急いで彼を追った。中に入る程酷くなる血の臭いは頭が痛くなるくらいで。

 だがその痛みはある一室を見た時に消えた。地獄絵図と言っても過言ではないその風景。生きて立っているのは土方さんと沖田さんの二人だけ。恐ろしい。これは。

 これはまるで虐殺だ。



「瀬川の兄さん」


「沖田さん、これは」



 沖田さんは何も言わない。



「土方さん、これは何です。あなたは――紅椿で一人だけ始末すれば良かったんじゃないんですか」


「黙れ、これは仕事だ」


「仕事、人を殺すことが?」



 違う。違う。土方さんはきっと何か理由があってこんな事をしたはずだ。彼は誠実な人。だから。人殺しを容認する人じゃない。

 彼は新撰組の副長だ。



「瀬川、お前が口を出さなきゃ、こんな事にはならなかった――鬼と呼ばれる俺でもこれはきつい」


「土方さん、そんな言い方」


「お前も黙れ総司。甘味屋の主人を起こせ。説明しなきゃならな」


 説明しなきゃならない、と言い切る前に土方さんは大和屋に背後から殴られて気絶してしまった。

 大和屋はため息を吐く。



「甘味屋を起こして阿鼻叫喚は結構だが、その前に帰るぞ。俺たちが居たら話がややこしくなる」


「大和屋の旦那、土方さんはどうするんで? て言うか俺も?」


「お前は夜勤中、偶然に甘味屋の騒動に駆け付けた。それで紅椿とやりあったらしい気絶した土方を見つける。報告は以上だ、行け」



 沖田さんは口元に薄ら笑いを浮かべたまま、軽く頭を下げて甘味屋を出て行った。俺はその後ろ姿を見ながら、ため息を吐いた。