「よく旦那が許しましたね」


「大和屋は自信家な奴だから負けるとは思わなかったんだろうな。または自棄になったか。とにかく負けたから、瀬川は木瀬の傘下に入る事になっちまったそうだ」



 へぇ、とは相槌を打ってはみるものの俺のには頭あまりしっくりと来ていなかった。そもそもあの瀬川の兄さんがただの賭けの品になるわけがないじゃないか。

 ただの賭けではない。



「だが大和屋は瀬川を殺すより自分の死を覚悟して紅椿に入れた男だ。簡単には渡せない。例え決まり事として同意していてもな」


「へぇ」


「だから大和屋は木瀬の所に行って喧嘩を仕掛けたそうだ」



 ――なぜ。



「そんな無意味な喧嘩をする人には見えませんがね。個人的な一騎討ちに勝ったからって、瀬川の兄さんが返って来るもんですか?」


「この喧嘩は返してもらう為じゃないらしい。全くあいつも考えやがった。言わば下克上だな」



 土方さんは邪魔臭そうにでも少し楽しそうに話す。多分彼は早く頓所に帰れと言いに来たはずなのにそれも忘れて、だ。余程楽しんだんだろうな、旦那の作戦を。



「例えば総司、お前が近藤さんと喧嘩をして簡単に勝ったとする」


「それこそ下克上ですね」


「お前は簡単に負けちまう近藤さんをどう思う。隊士たちはお前をどう評価すると思う?」


「近藤さんに勝つ気はありませんが、まあ弱いと思うでしょうね。隊士は俺の方が強い、となる」


「そう。うちは実力主義じゃないからそうはならんが、木瀬の組は実力主義だ。木瀬に簡単に勝った大和屋は実質、部下の目を一瞬にして奪い取った事になる」


「なるほど。大和屋の旦那が木瀬さんを倒して組の頭になったわけだ。すると部下の木瀬さんに命令し放題なんですね。瀬川の兄さんを返せと堂々と言えるわけだ」



 なるほどなるほど。だが嫌な下克上だな。大和屋の旦那はきっと組なんて要らないから放ってしまうに違いない。頭のない集団はバラける他に道はないし。まあ木瀬さんがどれだけ頑張るか、か。

 俺は賭けの始終を知って、やはり大和屋の旦那だけは敵に回したくないと思った。下手をすれば土方さんよりおっかない気がする。