俺は吉原の言葉を――自分の浅はかな考えを嘲笑った。こんなものは自己満足ですらないと分かっているからだ。俺が思う村崎の思考では得をするだけのこと。

 村崎本人の思考は読めない。人の思考ほど邪魔臭く複雑なものはないのだ。予想するしかない。



「まあそう言うこった。俺はもう行くぜ。出るなら戸締まりしてから出てってくれよ、お二人さん」



 例の調子で二人をあしらうと俺は賭博場へ向かった。賭博場は島原ほどではないが夜になると活発になる。俺は行き交う人の中を上手いことすり抜けて奥へ行った。

 少しだけ奥まった場所に行くと人影が見えた。そこからは音も声も一切しない。あるのは人影と無情な静寂のみである。そして、地に這う見慣れた男が一人だけ。



「――村、崎」



 振り返った男は血にまみれた姿で俺を見た。嫌な気持ちになる。

 やっぱり村崎を慶喜殿に会わせたのは間違いだった。時間を戻してやりなおしたい。そもそも俺がヘマをしたのが悪かったのだけどそれでも――こんな事になるのなら互いに死んだ方がマシだった。



「村崎、行こう」



 上松を殺した村崎は虚ろな目のまましばらく俺を見て、また上松に視線を戻した。分かる。彼は今何を考えたら良いのかさえ分からないのだ。思考の完全停止。

 俺は村崎に俺の羽織を被せて彼の手を引っ張った。去る前に一度現場を振り返って村崎個人を特定しそうな物がないか確認する。

 大丈夫。何も残してない。



「今から鍛冶屋、行くからな」


「――大和屋」


「なに、」


「俺は、理由なく人を殺した」



 悪を憎む村崎は、戦場に出た時でも人を選んで戦っていた。悪事を働いた者はそういう所に大勢いるからだ。意味なく人を殺した兵士に限り彼は刀を振るっていた。

 だから大将首は取らなかった。世荒しの大量殺人と言われている三日千人事件の犯人は俺である。

 見境なく斬ったのは俺。



「俺はただの、人殺しだ」


「大丈夫だよ」



 何がかは知らない。だが。



「お前は俺よりマシだから」


(01:情けは無用 終)