とうとう肩まで海に浸かった。

大量の水分を含んだTシャツとジーンズはやたら重く、動きづらい。

足はとっくに底につけなくなっていて、泳いでいるのに近い状態。

強くなってきた波が身体を攫おうとする。


正直、結構危ない状況。

…学校とかのプールと海では、勝手が違う。

プールでそこそこ泳げても、海では波があるからそう簡単に進めない。

海で何度も泳いでいる奴なら大丈夫なんだろうけど。

俺はここの地元の人じゃないし、どっちかっていうと都会っ子で。

『海は友達☆』なんて冗談でも、言えない。
むしろ言いたくない。






(…とか、いつだか思ったっけ…)

確か、この町に来たばかりの日。

大して顔見知りでもない親戚の家に住み始めた一日目に忠告された。

…まぁ、話してた伯父さんはからかい半分な感じだったけど。

海なんか入んねぇ、そう思った。



それなのに。

自分は一体どうしたのかとボンヤリ考える。


馬鹿だとかさっき自分で言ってなかったっけ…。
…あ、俺が馬鹿なのか。

海にやられて、オカシクなった頭は妙に納得する。


もう、いいか。

馬鹿だから。進んでしまえ。




(……逃げんの?)

頭の中で冷静な自分が問いかけるのが聞こえた。

静かに、冷たく、囁く。

冷静さがまだ生きてたのにかなり驚いた。

が、驚いたのと同じぐらい疎ましく思う。


(…なぁ、逃げんの?)

…黙れ。

(逃げても、あの人にしたことは無くならないよ。)

…黙れ。

(俺がいなくなっても、あの人の苦しみは…、
俺の罪は無くならない。)


黙れ!!



もう嫌だ。


もう嫌だ。


あの人にしでかしてしまった事も。


俺の決して無くならない罪悪も。


壊してしまった日常も。


全て…全て掻き消して……忘れてしまいたい。


そう思い、頭まで一気に沈もうとした瞬間、






「…っあんた、何やってんのよ!!」


その大声が聞こえたのと、腕が強く引かれたのは同時だった。