しかし、彼女の反応は彼が予想したものと、大きく違っていた。少女はなんと彼に向かって微笑んだのである。そして「おはよう…」と声をかけてからにっこりと微笑んで見せたのだ。その微笑みは、まるで天使の様に愛くるしく、自分の様な生きる屍と化した者の心にも、深くその印象を刻み込んで見せたのだ。そして彼も「…お…おあよう…」と、回らない呂律で彼女に返事をして見せた。

彼は少し安心して、再びゆっくりと墓石に腰掛ける。それを見た少女も彼の元に駆け寄り墓石にちょこんと座る。そして再び見詰め合って二人はにっこりと微笑んだ。

「おじちゃんはこんなところで何してるの」

きらきらと輝る瞳で見上げる少女の質問に彼は、回らない呂律を駆使して一生懸命答えて見せた。

「…お、おじはんひゃないよ、おにいひゃんはよ」

それを聞いた少女は屈託の無い笑顔でぺこりと頭を下げると「御免なさい、おにいちゃん」
とすまなそうに言い返した。

「いいんだよ、別に、気にしないから」

頬の筋肉が解れて来たのだろうか、幾分呂律が回る様になった。

「それで、何をしているの、おにいちゃん」

「ん、ああ、これからどうしようか考えていたのさ。こんな体になっちゃっただろ。今、お兄ちゃんは、生きてもいないし、死んでもいないんだよ」

彼の返事に少女は少し考えてから港を指差して元気にこう答えた。

「じゃぁ、港で働けば良いわ。人が足りないって騒いで居るもの。あそこならきっと大丈夫よ」

彼は少女を見下ろし、こけた頬の筋肉を駆使してにっこりと微笑んで見せた。

「教えてくれて有難う。うん、そうだな、こんな事してても始まらない、働いてみようかな?」