「眠っていたの」

「そうみたいだね」

ようやく起きてくれた安堵感が僕を支配する。これで帰れる。
 おざなりにに返事をし、必要な情報を得るための質問をする。事務的な社内文書のように。

「ねえ、聞いていいかな?君は、誰?」

 彼女を驚かせないように。優しい口調を心がけて僕が聞くと、

「だれ、ってなあに?」と彼女は言った。
 表情を湛えない真紅の瞳に僕を映したまま。そして、僕に聞き返す。

「あなたは、なあに?」

「なあに、って、僕は僕だよ」
 呆れたように笑いながら返事をする僕がゆらゆらと赤い瞳に浮かぶ。

「そう、じゃあ、あたしもあたしだわ」

「そう」くだらない問答だ。気を取り直す。
「じゃあ、ここは、どこ?」

「ここ?ここはあたしのいるところよ」

 彼女から顔を背け、気持ちを落ち着けようとひとつ溜め息をつく。埒があかない。息を深く吸い、吐く。落ち着いたところで彼女に向き直る。

「君は、今、どこにいるの」

「あたしはここよ。ここにしかいないわ」

「そうじゃなくて」思わず苛立つ口調。
「そうじゃなくて、君がいるここはどこか、と聞きたいんだ」

「あたしがいるここ?」
 しかし彼女の口調は変わらない。変わらない表情。変わらない態度。
「ここは、ここよ。あたしにもよく判らない。でも大丈夫。怖いところじゃないわ。あたし、いつもここにいるからよく知ってるのよ」