乙姫は一度、頭を冷やすために境内へ足を運んだ。

改めて見たそこはやはり広く、神聖な何かに包み込まれているような気がする。

仰いだ天空は乙姫の心とは正反対にどこまでも澄み切っていた。

一つため息を吐いて下ろした視線が捕らえたのは、本堂に続く五段ほどの階段。

立ったままの状態は辛いな、と考えた乙姫はそこに腰掛けることにした。

そっと、腰を下した石段のひんやりとした冷たさに寒気を覚えた。辺りを見回してみても、人気はない。

そこから見えるのは大きな鳥居とこの神社を囲むようにある、昨日自分が居た森だけ。

何気なくその景色を眺めながら、思考を働かす。




また、謎が増えた―――。

繋がらない電話。
しかし、壊れているわけではない。時報や天気予報は普通に繋がった。



本当なら華紅夜に聞いてみるのが一番手っ取り早いのは分かっている。
しかし、彼女と自分には距離があるように思えてならないのだ。


ここは虎太郎にでも聞くのが得策だろう――。
此処で唯一、友好的に接してくれる存在だと言っていい。

彼がいなければ、自分の気持ちはこれよりも、更に、幾分か落ちていたにちがいない。

それ程、自分を気遣ってくれる存在は有り難く、尊い。



そして、彼も―――
思い浮かぶのは冷たいと思っていた青の存在。

朝食時に掛けられた言葉。

本人は無自覚だったのか、言葉を発した後、僅かに動揺の色を見せていた。

それがほんの少し、微笑ましかったりしたのだが――。

それよりも乙姫を笑顔にしてくれたのは、敵意を向けていたはずの彼の言葉だった。

強制する言葉ばかりを掛ける華紅夜とは違い、彼はこちらの意見を聞いてくれた。

結局は此処に居るという選択肢しかないのだが―――。