まだ誰かが寝ていることを想定して静かに階段を下りて行く。

下に行くにつれて、おそらく台所と思われる所から物音が聞こえてきた。

そっと覗いてみればそこには一つの人影が―――――


「あ……」


こちらに背を向け、包丁を動かしていたのは、あの寡黙かつ冷たい印象を持つ青年だった。

彼は昨日着ていた制服を身に纏っており、これから学校があることが予測できた。



「…何の用だ」

「あ…」


こちらの存在には気づいていないと思っていた彼が突然口を開き、それは驚いた。


「あ…の…おはよう…」

“…ございます…”と小さな声で付け足す。

やはり、彼の前では丁寧語になってしまう。

それはそうと、明確な目的があって来ているわけではないので彼の質問には困った。

とりあえず、挨拶をしてみたのだが彼から返事が返ってくることはなかった。

昨日からの彼を思えば当然のようにも感じる態度だが―――


「無視…か」


小さな声で呟く乙姫。そんな呟きも彼にはしっかりと聞こえていたようだ。

青は振り返り乙姫を黙って見る。
乙姫は視線に気づき“しまった!”と思ったが、彼はただ静かに乙姫を見ているだけで、あの冷たさも怒りも読み取れなかった。

反応を示さない彼の様子を不思議に思い“あの…?”と問い掛けてみると、彼は一瞬ハッとし、そのすぐ後にはなんでもなかったかのように「別に」と一言――。
そして先程と同じように包丁を動かし始めた。

そんな彼から昨日とは違うものを感じたがそれが何なのかはわからなかった。