そこには声同様に美しい少女がいた。緩いウェーブの黒髪は艶やかで、黒い瞳は強気な光を放っている

彼女こそが虎太郎の言っていた志貴野 真紀であることを乙姫は知らない

「十円、いらないの?」

「え、あの…」

「いいのよ?気にしないで」

優しい声色なのに、何処か険を帯びているのは気のせいだろうか……

戸惑う乙姫に焦れを切らしたように、真紀は乙姫の手を取り十円をのせる

「…ありがとうございます」

頭を下げて、最後の一枚であるそれを投入口に入れる。
ランプがつき、乙姫は迷わずミルクティーのボタンを押す

その間も真紀は腕を組んだまま後ろにいる。ここにいるということは彼女も飲み物を買いにきたのだろうが、こうもジッと見られると居心地が悪い

十円の恩はあれど、早く離れたい衝動に駆られる


出てきたミルクティーを素早く取り出し場所を譲ると真紀はゆっくりとした動作で自動販売機の前に立つ

「あの今日は持ち合わせがないんですけど、必ず返します。ありがとうございました」

「あら、いいのよ?あれっぽっち。―――それより、神薙乙姫さん?」

ピッとボタンを押し、真紀は振り返りながら教えてもいない名を言い当てた。

「…!!」

その瞬間悪寒が全身を駆け抜ける。
逃げなきゃ―――瞬間的にそう感じた。本能が告げているのだろう