熱をみている間にも、彼女はさりげなく逃げようとしている。



「来い。」


「ッ…!」



引っ張ってもその場から動こうとしない彼女を振り返る。



「いいよ、大丈夫だよ。」


「その声が大丈夫じゃないだろ。」



何もしないから来い、と言うと、彼女はやっと動いた。



「店長、体温計とかあります?」


「救急箱になかったか?
なんだ、その子熱でもあんのか?」


「ちょっと。」



来い、と手を引き、座敷に座らせる。



「待ってろ。」


「うん。」



たいした距離を行くわけではなかったが、偉槻は一応声をかけた。



体温計を探し当て、彼女に渡す。



するとおとなしく脇に挟んだ。



隣に腰を下ろして、計り終えるのを待つ。



その間にも彼女はくしゃみを一つした。



「ん。」



見せろと手を出すと、ポンと体温計が手のひらに置かれた。



「38℃あるじゃねーかよ。」


「別にあんたのせいじゃねーよ。」


「明らかにこの雨のせいだろ。」


「違うよ。」



言いながら、またくしゃみ。



「本当だよ。」



嘘だろ。



なんでいきなり遠慮しだすんだ。



「送ってやる。
家どこだ。」



答えがない。



横を向くと、彼女は髪を拭いていた。



「言え。」


「偉槻、女にそんな口の利き方しちゃあダメだ。」



厨房から店長が口を挟む。



「嬢ちゃん、遠慮せず送ってもらえ。」



強面の店長が嬢ちゃんなんて言うとかなり怪しい。



そう思うのは偉槻だけではないはずだ。